2025年3月初旬、約 3年ぶり、63次南極観測隊で一緒だった南極大工人を大学の最寄りの駅に迎えに行った。土木学会中部支部研究発表会の基調講演で講演してもらうためだ。

前日入りして予行演習中。
昭和基地Aヘリ (Aヘリポート) で別れて以来だった。
「なんだか不思議よね。昭和基地での格好と雰囲気が頭にインプットされてるから・・・。」
半年以上前、
「土木学会中部支部の研究発表会をウチの大学 (富山県立大学) で開催するんだけれど、南極の話をしてもらえたりするかな?」
学科の先生との、そんな会話から始まった。
「土木っぽい、ということであれば、設営・・・つまり研究者以外の昭和基地のインフラを守る隊員に声を掛けてみるというテもありますよ。」
とんとん拍子に話が進んだ。
ミサワホームから「南極大工人」として派遣されていた堀川 秀昭 さんにお願いした。ミサワホームでは、南極クラスという、主にこどもむけの南極出前授業を行っている。
堀川さんに連絡したら
「いいよ!、富山にも行きたいし。」と二つ返事。
このとき、堀川さんは、「学会」で講演するということをよくわかってなかったようで、あとで
「え!? 学会?」と聞かれてしまった。
「え~。一応・・・説明したよ?」といいながら、どんな話をするのがいいかなと夏頃にZoomで再会して相談。
「ほりっちさん (堀川さん) しかわからない南極の話を!」とお願いした。
南極の夏は短い。
この忙しい夏期間にあって、お互いのお仕事内容を知り合う機会が実はあまりない。
しらせが接岸して少し先に昭和基地入りした設営隊のひとりだった堀川さんは、雪上車を運転して、私たちをしらせまで迎えに来てくれた。
昭和基地初上陸の日、
「南極に来る日が来るとは」と感無量となり
後部座席でわたしが密かにウルッとした、あの雪上車だ。
「誰が運転してるの?雪上車・・・。」
そう思っていたら運転席から降りてきたのが堀川さんだった。

隊員名簿をみながらチェックする堀川さん
昭和基地では、ある時は屋根で何やら作業するのを見かけたり (雨漏りの修理)、ある時は排水処理施設の設備の基礎部分を眺めている堀川さんを見かけた。
今度また「ドームふじ基地行くんだよ。」そう聞いていたが、何をしているのか知らなかった。
「これ、何だと思う?」
そう言って取り出したのは基地の残る古い建物に使われていた建物の壁 (パネルというのか?) を固定する金具だった。
「講演で紹介しようと思って。」
「このままだと見にくいんだよね、なにか板切れでもあれば、そこに固定してわかりやすくなるんだけど。」

建物のパネルを固定していた金具。急遽切断した発泡スチロールに固定。
たまたま私の部屋にあった発泡スチロール、これを切って使おうということになった。
以前学生とこの発泡スチロールを無理やり切ったら断面がボロボロになり、学生部屋には細かくなった発泡スチロールが飛び散った。事務室から掃除機を借りてきてかけること数回となった。
ところが、堀川さんはカッターを使って丁寧に切断していく。手近には刃の細いカッターしかなかった。
「こういう時は刃の太いカッターを使うといいんだよ。」
「そうなの!? 今度切るときは太いの使うことにする。」
丁寧にゴミをほとんど出さずに発泡スチロールを切っていく。
その手さばきに見惚れた。ふだん、こんな手さばきを見る機会はそうそうない。
小さなことから大きなことまで、普段目にしない「プロの」仕事を垣間見れるのも観測隊の魅力だ。
「すごい!!この断面の写真を撮ってブログに載せたい!!」
「え。やめて~。断面がきれいじゃない。やすりをかけたい気分なのに。」

かくして基調講演が始まった。
私がフィールド調査する様子から始まる。
一緒に行動していた環境省から来た隊員とふたりでしゃがみこんで透視度計をのぞきこんでいる後姿だった。なんともアヤシイ。
堀川さんがコッソリ撮影した私の姿だった。
そして、昭和基地の土木工事のお話、建物のお話、そしてドームふじ基地での様子。私が見てきた南極とはまた違った風景を見せてくれた。
南極観測隊と聞くと「研究者」でしょ、と思われがちかもしれない。しかし研究や観測を進めるためには設営の隊員の力なくして成り立たない。
皆が研究者になるわけではない。でも将来就職した先で南極に行く機会に恵まれるかもしれない。
いつか、この講演を聞いた誰かが、
「南極行くんですよ!」
と報告してくれる日が来たら嬉しいよね、そんな感想を持った楽しい基調講演だった。
Comments