弁護士さんからみたイタイイタイ病
- Lab member

- 8月9日
- 読了時間: 4分
「・・・私は、企業の顧問弁護士もするのですが、もし今、こんな協定を結べと先方が言ってきたら、猛反対しますね。」
先日、環境修復工学 の授業内で、イタイイタイ病弁護団のおひとりの西山先生を講師にお迎えした。

私の授業、ふだんは専ら板書形式。
今日はPPTメインだけど、メモ取ってよ?
「みなさんのなかで、「弁護士」を見たことがある人?」そんな問いかけから授業は始まった。
手が挙がらない。
ほとんどの学生が「弁護士を初めて見た」状態だったようだ。
ちなみに、私の場合は・・・近所のおじちゃん (子供のころの話だから、親世代ということになる) が弁護士だった気がするけど、「同世代で弁護士を職業にしている人」に会ったのは彼が初めてだった。
平和に暮らしてるってことかもしれない。
大学の一般教養的な授業で「法学」?という授業を履修したような気がするけど、講師の先生に申し訳ないけど、全くなんにも覚えていない。
そればかりか、世間話をしていたら、たまに私がふだん考えない方向のコメントが飛んできたりする。
「へ~・・・。私、世間に疎すぎる気がする・・・。」
普段、いかに世間に疎いところにいるのかと、ハッとさせられる。
と、真面目に書いてみたけれど、
私が、
ドラマで研究室のシーンが出てきたら、設置してある機器とか気になって、メーカー名とかテレビに近づいて確認してしまうと言えば、
弁護士の方は弁護士の方で、法律に関係するようなドラマなどのシーンに映る本棚の本は確認してしまう・・・とのことで、
「あはは!なるほど。お互い、それ、職業病かもしれませんね。」
全く異なる職業の方と話すといろいろな気づきが楽しくもある。
授業は、イタイイタイ病の原因物質であるカドミウムと、そのヒト健康被害のお話からスタート。裁判の話、汚染農地の復元など多岐にわたる。
イタイイタイ病の裁判で注目すべき点は、控訴審判決の翌日である、1972年8月10日に締結された「誓約書」と「協定書」であろう。
現在も住民団体のみなさんは、「発生源対策の取り組み」として活動をされている。
その原点にあるのが「公害防止協定書」である。
冒頭の「・・・私は、企業の顧問弁護士もするのですが、もし今、こんな協定を結べと先方が言ってきたら、猛反対しますね。」
これである。
弁護士の方がそういうほど、この公害防止協定書の中身は重い。
この公害防止協定書には、
立入調査権・資料要求権・企業による調査費用の負担
が盛り込まれている。
これに基づいて、「今でも」住民の方々は企業の公害防止の取り組みを監視し、意見も申し入れているのだ。
昨年度だったか、授業後の感想には、
「私がちいさいころ、おばあちゃんが、川の水をのんだらダメ」
と言っていたと、書いてきた学生もいた。
イタイイタイ病に関する書籍を読んでいたら、
排水が神通川を流れていたころは、
河川水は米のとぎ汁のように白くなり、
日中は濁って、夜中はきれいになる。
朝5時ぐらいに川で洗濯してしまわないと、もう濁ってくる。
だったという描写が出てきた。
(「語り継ぐイタイイタイ病住民運動」 より)
現在、神通川の河川水中のカドミウム濃度は、自然界値レベルになった。

富山空港の対岸を車で通過するとき、時間があれば一時停車する。
晴れた日に穏やかに流下する神通川を眺める。降雨時流出でもないのに、川(の水)が濁るとか、どんな気持ちだっただろうと想像する。
一方で、神通川の上流には鉱滓をためにためた、大きな堆積場-和佐保堆積場がある。
地震や、近年の局所的な豪雨などが頻発する近年、
この堆積場の決壊を心配する声もきかれる。
そして、和佐保堆積場があるということは
「たとえ会社がそこからなくなっても汚染物質の堆積場はずっと残りますから、息の長い監視体制を続けていかねばならい」 (「語り継ぐイタイイタイ病住民運動」 より)
のである。

和佐保堆積場。画角が悪すぎて、スケール感が分かりにくいが、かなり広い。
奥に広がる湿地のように見える部分が堆積されている鉱滓である。
今日、 2026年8月9日はイタイイタイ病裁判完全勝訴判決 54周年である。
イタイイタイ病資料館では記念講演会が開催された。
講演では、
北日本放送の記者の方が講師をされ、ご自身が制作されたテレビ番組をいくつか紹介してくださった。
復元された田んぼの「ぬかるみ」の話、
認定患者さんの話、
カドミウム汚染されたコメの話、
住民立入調査の際に取材した栃洞露天掘り跡地の話、
報道では、常に
「イタイイタイ病は本当に終わったの?」と問いかけることを意識している、そうおっしゃっていた。

資料館では北日本放送の記者さんの講演が開催された。
「イタイイタイ病・・・教科書で習ったよ。富山出身だから授業でやったよ。昔の話でしょ?」
たしかに教科書の1ページでもあるのだが、その「教科書の1ページ」はそこからずっと今に続き、これからも続く。
現在の神通川の風景は、関係者のたゆまぬ努力の結果なのだろうと思う。
参考文献
イタイイタイ病運動史研究会「語り継ぐイタイイタイ病住民運動」 桂書房、富山 2011



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